教皇フランシスコ来日が実現するすれば38年ぶり

報道された前日12月17日は、教皇フランシスコの82歳のお誕生日でした。

教皇とは、キリスト教の最高位聖職者の称号ですが「法王」と呼ばれることもあり、1981年ヨハネ・パウロ2世が来日された際に、日本カトリック中央協議会では「教皇」で統一をはかりますが、日本国内においては混在しています。

そんなローマ教皇と日本の初めての繋がりは、歴史で勉強したことはずの天正遣欧使節団。あの織田信長からの贈呈品を持って、1582年に長崎を出航した4人の少年がいました。

今から400年以上も前です。彼らは当時のローマ法王グレゴリオ13世に謁見し、ヨーロッパで大歓迎を受けて日本に帰国するも、主席正史であった伊東マンショは司祭となり、中浦ジュリアンは、他の大勢の信者と共に長崎の殉教の地として知られる丘で処刑されたという史実を忘れないでほしい、と教皇フランシスコは話されました。

日本人の私たちでさえ、忘れかけている400年前の事実を教皇フランシスコはご存知です。また、今から450年前にフランシスコ・ザビエルがバチカンに送った書簡には、『日本人程、優秀な民族は世界の何処を探してもいない。日本人は悪意無く、とても善良であり、貧しい事を恥と思わず、名誉をとても大事する。』と書かれています。

それだけではありません。今年の1月には原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真を印刷し、教皇フランシスコの言葉と署名を入れて全世界に配布されました。そんな日本からの訪問団を殊の外、お喜びになったそうです。

人口のわずか0.6%しか信徒がいない日本人としてこんなに嬉しいことはありません。